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福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(ワ)745号 判決

原告

滝井昌英

右代理人

西村文次

被告

中島清

被告

森和一

右被告ら代理人

多加喜悦男

主文

一、被告中島清は原告に対し別紙第一目録記載の土地を明渡し、且つ昭和三十八年七月二十一日以降右明渡済まで一ケ月金七千二百九十一円九十八銭の割合による金員を支払え。

二、被告森和一は原告に対し金百十二万八千円の支払を受けると引換えに別紙第二目録記載の建物を引渡して同第一目録記載土地中右建物の建坪部分を明渡し、且つ昭和三十八年七月二十一日以降右明渡済まで一ケ月金七百六十八円七十五銭の割合による金員を支払え。

三、原告その余の請求は執れも之を棄却する。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告中島清は原告に対し別紙第一目録記載の土地を明渡せ。二、被告森和一は原告に対し別紙第二目録記載建物を収去して同第一目録記載の土地を明渡せ。三、被告らは原告に対し連帯して昭和三十八年七月二十一日以降前各項土地明渡済まで一ケ月金一万六千四百七十九円の割合による金員を支払え」並に主文第四項同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和二十年四月十五日その先代滝井武の家督を相続することにより別紙第一目録記載の土地(以下本訴土地と略称)の所有権を取得し、昭和三十六年十月十六日右旨の登記手続を了し、現にその所有者である。

二、原告は昭和三十年九月一日被告中島に対し本訴土地を建物所有の目的で賃貸し、同被告は右土地上に別紙第二目録記載の建物(以下本訴建物と略称)を所有したところ、同被告は昭和三十六年八月三十日被告森に本訴建物を売却することにより本訴土地を転貸したので、原告は被告中島に対し昭和三十八年七月二十日頃到達の内容証明郵便をもつて無断転貸等を原因とする土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

三、被告森和一は昭和三十六年八月三十日以降原告に対抗しうべきなんらの権原がないに拘らず本訴建物を所有することにより本訴土地を不法に占拠している。

四、また被告中島は賃貸借契約解除による本訴土地返還債務の不履行により、被告森は本訴土地の所有権に対する不法侵害行為により、夫々、原告に対し本訴土地の相当賃料たる一ケ月坪金五十円の割合による金一万六千四百七十九円の損害を与えるか、或は被告らにおいて土地の明渡につき留置権を有するとすれば、原告の損失において右金員相当の不当利得をしている。

五、よつて原告は被告中島に対し、賃貸借契約の解除に基き本訴土地の返還明渡を、被告森に対し、所有権に基き本訴建物の収去と本訴土地の明渡を求めると共に被告ら両名に対し、連帯して解除の翌日の昭和三十八年七月二十一日以降土地明渡済まで一ケ月金一万六千四百七十九円の割合による損害金又は不当利得金の支払を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

被告ら主張の抗弁事実中各被告にいてその主張の日、内容の費用償還請求、買取請求並に留置権行使の意思表示をしたことは認めるが、その余は之を否認すると述べ、再抗弁として、仮に被告中島主張の必要費、有益費があるとしても同被告は原告に対し昭和三十年九月一日本訴土地の賃貸借に関し生ずる一切の費用償還請求権を放棄すべきことを特約したから同被告の留置権行使の主張は失当であると陳述し、なお、同被告主張の必要費、有益費中、賃貸借が解除された昭和三十八年七月二十一日以降の支出に係るものについては留置権は成立しないし、また、植木の植栽、手入れ、肥料代等は、その性質上償還請求し得べき費用に該らない、と附陳し、

証拠〈略〉

被告ら訴訟代理人は「原告の各請求は執れも之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁及び抗弁として、原告主張の請求原因第一項の事実、第二項中原告が被告中島に対し本訴土地を建物所有の目的で賃貸し、同被告は本訴土地上に本訴建物を所有したが、同被告が相被告森に右建物を売却し、本訴土地中右建物の敷地部分を同被告に転貸し、原告が被告中島に対しその主張の日、内容の賃貸借契約解除の意思表示をしたこと及び第三項中被告森が本訴建物を所有し、本訴土地中右建物の敷地部分を占有していることは認めるが、その余は否認する、被告中島が原告から本訴土地を借受けたのは昭和二十五年であるが、当時原告代理人を介しその転貸又は賃借権の譲渡につき承諾を得ていたが、然らずとしても同被告の転貸土地部分は本訴土地中の極く一部分に過ぎないのみならず、後記のとおり、同被告は本訴土地を賃借使用するに当り巨額の必要費、有益費を投じてその維持管理に努め、本訴土地を崩壊から守つたもので、右は賃貸人たる原告に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情ある場合に該るから原告は同被告の転貸を理由に解除できない、更に然らずとすれば、被告中島は左のとおり必要費、有益費を支出し、有益費については現に支出額以上の増価額である金二百八十万円が残存するところ、原告に対し昭和四十六年一月十四日の本件第二十七回口頭弁論において該支出相当額の費用の償還を請求し、右請求権につき本訴土地に対する留置権を行使する旨の意思表示をした。

(一)  必要費 以下(1)ないし(11)合計金二百三十二万千四百五十円。

(1)  本訴土地は賃借当時から崩壊し易い山林であつたが、同被告は昭和二十六年六月頃から同年十二月頃までの間崩壊防止のため該地北東部と中央部に野面石の石垣を築造し、そのため支出した築造費用金三十万円。

(2)  昭和二十六年六月頃から同年十二月頃までの間中央部の土止めのためつつじ「淀川」二十本を植栽し、そのために支出した植裁費用一本当り金二百円合計金四千円。

(3)  昭和二十七年七月頃から同年十二月頃までの間崩壊防止のため該地北西部に石垣を築造し、そのために支出した築造費用金二十五万円。

(4)  昭和二十七年七月頃から同年十二月頃までの間崩壊防止のためつつじ「淀川」二十四本といそしばを植栽し、そのために支出した植栽費用一本当り金二百円合計金四千八百円。

(5)  昭和二十八年崩壊防止のためつつじ「さつき」「きりしま」合計約三百五十本を植栽し、そのために支出した植栽費用一本金二百円ないし金二百五十円合計金七万円以上。

(6)  昭和二十八年崩壊防止のため排水路三本を設置し、そのために支出した設置費用金七万八千円。

(7)  昭和三十四年崩壊防止のため該地北西部に野面石の石垣を築造し、そのために支出した築造費用金五十万円余。

(8)  昭和二十六年頃から昭和四十五年十月頃までの間崩壊防止のため訴外藤田喜三郎をして雑草防除、土止め、つつじ類の管理等にあたらしめた日当合計金百七十六万七千二百円の二分の一に該る金八十八万三千六百円。

(9)  昭和二十六年頃から昭和四十四年頃までの間崩壊防止に資するため地上樹木を育成すべく油粕等の化学肥料を使用し、そのために支出した肥料代合計金十六万九千百円の二分の一に該る金八万四千五百五十円。

(10)  昭和二十六年頃から昭和三十六年頃までの間右(9)同様崩壊防止に資するため植木屋をしてつつじ等植木の剪定をさせた日当合計金十一万二千円。

(11)  昭和四十三年七月頃崩壊防止のためブロック三百五十枚を使用して土止めを築造し、そのために支出した築造費用金三万四千五百円。

(二)  有益費 以下(1)ないし(5)合計金二百七十四万四千四百五十円。

(1)  昭和二十六年六月頃から同年十二月頃までの間「なのみ」一作「ぼけ竹」一本、桜四本を植栽し、そのために支出した植栽費用合計金三万四千二百円。

(2)  昭和二十七年七月頃から同年十二月頃までの間本訴土地を山林から現況の宅地に造成し、そのために支出した造成費用金百万円並に階段設置、煉瓦塀構築の各費用金七十万円。

(3)  昭和二十七年七月頃から同年十二月頃までの間楠一本、桜二本、いそしば一本その外多数の樹木を植裁し、そのために支出した植栽費用合計金四万二千百円。

(4)  前記必要費欄(一)(8)記載のとおり、昭和二十六年頃から昭和四十五年十月頃までの間本訴土地改良のため訴外藤田喜三郎をして雑草防除等にあたらしめた日当合計金百七十五万七千二百円の二分の一に該る金八十八万三千六百円。

(5)  同様必要費欄(一)(9)記載のとおり、昭和二十六年頃から昭和四十四年頃までの間、本訴土地改良のため地上樹木を育成すべく油粕等の化学肥料を使用し、そのために支出した肥料代合計金十六万九千百円の二分の一に該る金八万四千五百五十円。

また被告森につき、原告、被告中島間の賃貸借が有効に解除されたとすれば、被告森は原告に対し、昭和四十二年三月一日の本件第四回口頭弁論において本訴建物を時価金二百万円をもつて買取るよう請求し、右請求権につき本訴土地に対する留置権を行使する旨の意思表示をした。

以上の次第で原告の請求には応じられない、と陳述し、原告主張の再抗弁事実を否認すると述べ、

証拠〈略〉

理由

原告主張の請求原因第一項の事実、原告が被告中島に対し本訴土地を建物所有の目的で賃貸し、同被告は本訴土地上に本訴建物を所有したが、同被告が被告森に右建物を売却し、本訴土地中右建物の敷地部分を同被告に転貸し、原告が被告中島に対しその主張の日、内容の賃貸借契約解除の意思表示をしたこと及び被告森が本訴建物を所有し、本訴土地中該建物の敷地部分を占有していることは当事者間に争いがないが、被告森が本訴建物の敷地部分を超えて本訴土地全部を占有していることについては之を認むべき充分の証拠はなく、却つて検証の結果並に被告中島本人の供述を総合すれば、本訴建物は本訴土地のほぼ中央石垣をもつて築造された造成宅地上にあるが、その出入は本訴北西端からの専用階段を利用し、北側は煉瓦塀で、東側は築山で往来が遮断されており、本訴土地中東側に設置された湯殿、廊下等とは一応別個独立した形をなしていること及び本訴土地中本訴建物周辺とその専用階段を除く築山、湯殿、渡り廊下等は転貸前同様被告中島において同被告が本訴土地北側に近接して所有する家屋の附属物件として利用し、現に之を占有管理していることが認められるところ、賃借地上の建物所有権の譲渡に随伴して転貸又は賃借権が譲渡される敷地の範囲は、別段の約定がない限り、当該建物の所有に必要な範囲に限られ、右は土地建物の面積、形状、構造ないし占有使用の関係等周囲の状況を総合して具体的に決定する外ないと解せられるが、これを前認定の事実につきみれば、転貸敷地範囲の約定につき特段の主張立証がない本件にあつては、本訴建物の所有に必要な範囲即ち被告森において被告中島から建物を譲受けると共に転借して占有する敷地の範囲は、本訴建物の建坪部分の外若干の拡がりのある周辺部分ないし前示専用階段の部分に限られ、前示湯殿、廊下、築山及びその周辺部分を含まないと認めるのが相当である。しかして、右敷地部分についても当該建物の建坪部分以上の部分はその範囲を具体的に確定すべき証拠がないから被告森の占有する敷地の範囲は結局本訴建物の建坪部分と認める外はない。

ところで本訴土地の転貸等については原告の事前の承諾があつたとの被告の抗弁は之を認むべきなんらの証拠がないところ、被告らは仮に無断転貸としても賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるから解除できない旨抗争するので以下この点について考えてみる。

〈証拠〉を総合すれば、本訴土地は昭和二十六年頃まで出笹の生立する丘陵状の傾斜地であつたが、原告の管理が完全でない故もあつて、昭和二十七、八年頃、本訴土地北側に近接して居住し旅館業を経営していた被告中島において原告に無断で本訴土地を不法占拠した上宅地を造成し、石垣を構築し且つ庭木を植栽して築山を築いたのみならず本訴建物を建築したこと、同被告は原告の抗議に遭つて本訴土地の賃借方を懇請し、原告も止むなく之を了承し、昭和三十年九月一日本訴建物所有を主たる目的として賃料年額金一万六千円で賃貸借する契約が成立したこと及びその際同被告は原告に対し無断で転賃又は賃借権譲渡等しないことの外右賃貸当時存在する本訴建物以外の建築その他現状変更行為をしないことを特約したに拘らずその後も原告に無断で石垣を構築し同被告方に通ずる渡り廊下及び湯殿を建築し庭木を増植して築山を整備する等し、昭和三十六年八月三十日には本訴建物を被告森に売却して該敷地部分を転貸するに至つたことが認められ、右認定に反する証人首藤守、同松下林の各証言、被告中島本人の供述は前掲各証言と対比して採用しがたい。

しかして右認定に係る本件賃貸借の経緯との関連において被告中島の転貸行為をみれば、転貸部分が地上建物所有権の譲渡に随伴した該建物敷地であり且つ本訴土地中の一部にすぎないことないし同被告において本訴土地利用のために多額の費用を支出したこと等の事情をもつて本件賃貸借全部の解除を妨ぐべき賃貸人たる原告に対する背信行為にならない特段の事情に該るとすることはできないし他の背信行為にならない特段の事情を認むべき証拠はないからこの点の被告の主張は結局理由がなく、原告、被告中島間の本訴土地賃貸借は昭和三十八年七月二十日無断転貸を理由に有効に解除されたといわなければならない。

そこで進んで被告らの留置権行使の抗弁について判断する。

先ず被告中島につき、同被告が原告に対しその主張の日、内容の費用償還請求及び留置権行使の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、同被告が(一)、必要費として主張する(1)ないし(11)の石垣等築造、排水路設置、植栽並にその管理のために支出した諸費用のうち(11)については之が契約解除後の支出に係ること被告の主張じたいから明らかであるから、留置権を行使しえざる償還請求権といわなければならないが、この点は暫く措くとしても(1)ないし(11)が、本訴土地の崩壊を防止するためのものでその維持保存に必要な費用であるかどうかの点において同被告の主張に副う証人首藤守の証言及び被告中島本人の供述は証人松下林、同井上英武、同井上靖子の各証言と対比して未だ充分の信を措きがたく、他に之を認むべき証拠はないので、(2)、(4)、(5)につき買取請求、(1)、(3)、(6)、(7)、(11)につき、有益費として償還請求できるかどうかは兎も角として((8)ないし(10)は賃借人たる同被告の使用収益そのもののための支出であり、また必ずしも本訴土地改良の結果をもたらすものでないことが主張じたいから窺われるので有益費にもならないことは明らかである)、熟れもその余の点につき判断するまでもなく必要費として認め難く、また、(二)、有益費として主張する(1)ないし(5)の植栽、宅地造成、階段設置、塀構築、雑草防除の諸費用のうち、(4)、(5)については前示必要費の(8)、(9)と同様の理由により有益費とは認め難く、(1)、(3)の各植栽費用及び(2)中煉瓦塀の構築費用についても前記必要費(一)、(2)、(4)、(5)、同様賃借人たる同被告が権原によつて土地に附属せしめたもので、その所有権はなお同被告に留保されており、元来借地法第十条所定の買取請求に親しむ性質のものであつて有益費として償還さるべきものではない。(2)中階段の設置費用については検証並に鑑定の各結果によれば之が本訴土地の価値を増加させる有益費に該り、現存増加額は金七万二千円であることが認められるが、その設置のための支出額については立証がない。

ところで(2)中宅地造成費用について考えてみるに、該費用は前認定のとおり山笹の生立する丘陵状の傾斜地を不法占拠して宅地造成し建物を建築した後、該建物所有の目的で之を賃借したときの宅地造成費用であるところ、土地の不法占有者の主たる目的が建物建築にあるとすれば宅地造成ないし基礎固め等は当然なされるべきことであり、その限りにおいては宅地造成費用等は占有者の使用収益そのもののための支出に外ならないが、同時に亦客観的にみて土地を改良し、その価値を増加する結果をもたらせば、この点において利得者が民法第百九十六条により償還すべき有益費としての性質を失わないというべきであるから、同被告が支出した宅地造成費用は原告が償還すべき有益費に該るといわなければならず、右は造成後該地につき賃貸借契約が締結されると否とに関りないことである。しかして同被告の右有益費償還請求権による留置権行使については、民法第二百九十五条第二項の適用は不法な占有状態が治癒されることなく継続していることを必要とするものであつて、不法な占有による支出であつてもその後において当該物件につき賃貸借契約の締結その他占有を正当とする事情が生じたときはその占有の不法性は治癒され、費用償還請求権につき占有者は回復者に対し留置権を主張しうるに至ると解するのが公平上相当であるから、同被告は原告に対し右宅地造成費用の償還請求権を有するとすれば留置権をもつて対抗できるといわなければならない。

しかし乍ら、原告は、右宅地造成費用を含む叙上一切の有益費につき、被告中島において昭和三十年九月一日その費用償還請求権の放棄を特約した旨主張するので更にこの点につき審究するに、前顕甲第一号証と証人井上英武、同井上靖子の各証言を総合すれば、同被告は昭和三十年九月一日本訴土地を賃借するに際し、従前の不法占拠を認めて謝罪すると共に賃貸借の終了に当たつては、同被告の費用負担において本訴建物を含む地上物件一切を収去し、本訴土地を原状回復して原告に返還することを特約したこと及び既に支出済の宅地造成費用の負担についてはなんら明示の合意はなかつたことが認められるところ、土地の賃貸借における原状回復義務負担の特約は、特別の約定なき限り、民法第六百八条第二項の適用を排除して附加物件の費用償還請求権の放棄をその前提として包含する趣旨のものと解すべきであり、当裁判所は、仮令社会通念上撤去、回復等が困難ないし不可能な場合であつても、当該費用支出の際の賃貸人の承諾その他諸般の事情を考慮することなく、それだけの理由から該特約を無効視するのは相当でないと考えるものである。殊に前記宅地造成費用については、特約にいう回復すべき原状を既に宅地化した賃貸借契約締結当時の状態と考えれば勿論のこと同被告の不法占拠以前の状態を指称すると考えても、費用が既に支出済であるに拘らずその償還等になんら言及することなく原状回復を特約して借受けた事情に徴し、該特約はその償還請求権の放棄を約する限りにおいて有効に成立したと推認するが相当である。

右の次第で同被告が原告に対して有す有べき益費償還請求権は全て特約により放棄されたというべく、この点の原告の主張は理由があり、同被告の費用償還請求権による留置権行使の抗弁は結局失当たるに帰する。

なお、同被告において留置権を主張し、費用償還請求する支出のうちには前示のとおり償還請求でなく買取請求に親しむべき性質のものが、右につき、当裁判所は賃借土地の一部無断転貸によりその全部が解除された場合においては借地法第四条第二項の類推適用の余地はなく、土地賃借人が賃貸人に対しその所有する地上物件の買取を請求することは許されないと解するので、この点の同被告の主張は所詮採用するに由なきものである。

次に被告森につき、同被告が原告に対しその主張の日、内容の買取請求及び留置権行使の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、鑑定の結果によれば昭和四十二年三月一日現在における本訴建物の時価は金百五十二万八千円であることが認められ、之を左右する証拠はないから、同被告の買取請求権行使により即時建物の所有権は原告に移転したが、同被告は代金百五十二万八千円の支払を受けるまで右建物の引渡並にその敷地部分の明渡を拒みうべき留置権を取得したといわなければならずこの点の同被告の抗弁は理由がある。

而して〈証拠〉を総合すれば本訴土地の相当賃料は契約解除の昭和三十八年七月二十日当時少くとも一ケ月坪当り金二十五円であつたことが窺えるので、昭和三十八年七月二十一日以降土地明渡済まで、原告に対し、被告中島は契約解除による返還債務不履行により一ケ月坪金二十五円の割合による本訴土地291.6792坪分合計金七千二百九十一円九十八銭の得べかりし利益を失わせて右同額の損害を与え、被告森は不法行為(但し留置権行使後は不当利得)により一ケ月坪金二十五円の割合による本訴建物の建坪30.75坪分合計金七百六十八円七十五銭の得べかりし利益を失わせて右同額の損害を与え(又は利得し)ていることが明らかである。

以上説示の次第で、原告の本訴請求は、被告中島に対し本訴土地の明渡と昭和三十八年七月二十一日以降右明渡済まで一ケ月金七千二百九十一円九十八銭の割合による損害金支払を、被告森に対し本訴建物の代金百五十二万八千円の支払と引換えに該建物の引渡並にその建坪部分の明渡と昭和三十八年七月二十一日以降右明渡済まで一ケ月金七百六十八円七十五銭の割合による損害金及び不当利得金の支払を求める限度において理由あるものとして之を認容し、その余は理由なきものとして之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。 (鍋山健)

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